(23) 一が書けない

 檀家さんに書家が居ます。

 七歳の時から習い始めて七〇年。「一が書けない・・」って言います。
 
 中国では文化大革命により、美術、工芸の根が絶えてしまったとは言いますが、やはり文字の国、日本の大書家先生クラスの書を九歳位の子供が書いたりするそうで、日本人の書を持って行ってもハナにも掛けてくれないのが実状だそうです。

 まず向うの展覧会には出してくれない・・日本人で、向こうで通用するのは五人と居ないとか。日本の書道は”芸事”なんだそうです。

 先生に大枚のお金を包んでお手本を書いて貰い、それを千枚二千枚と練習してそっくりに書き、展覧会では先生に手を挙げて貰う。

 先生もそうして大変なお金を使ってきたから、今度は回収しなきゃならない。(笑)日本のお稽古事は大抵そうなっています。お茶、華、踊り、謡い、最近は着付け・・・

 書道の場合、字句を選ぶには漢籍に対する造詣が要ります。それだけでも書く前に既に大変なハンデがありますが、時代により、文字の形が違います。空気や雰囲気に至っては産まれたときからの環境が物を言います。

 私の寺に中国人の書いた書簡が届きます。・・勿論私は読めない(笑)読め無いけど目的がワカルからナルホド・・と字面をヨミます。

 その字を書家が見て、うんうん唸ります。(笑)

 例えばヨコイチを書くとしましょう。コレが基本なんですが、まず斜め45度に点を打ちます。そこからトン・スー・トンと運んで、そこで少し左上に筆を押して、もう一度トンと押さえて左下に向かいます。右と左に太い所がある横棒が書けました。

 指でやってみて下さい。

 そこからです。お話は(笑)最初の点から行きます。まず筆が右上斜めから入るのが日本流。水平に右から入るのが中国流。ここからまず違います。エヘン!

 点を打ったら、そこから右に運びますが、点を打った時点では穂先は上にあります。線の上側を穂先、下側は腹で書いています。ところが線の中心は穂先で無いと、線に力がありませんから、走り始めてじきに筆の方向を左向きにしなければなりません。

 筆の文字が綺麗に見えるのは、筆が虐められずに伸び伸びと走って居なければなりません、コレはペンキ塗りのコツでもあります。ぺたんと置いたまま横に走らせたら、猫でも嫌って噛みつきます。

 よく判る例えでしょ。この辺が和尚の真骨頂。判っている人は難しいことを言わない。(笑)

 さて、横向きになった筆を今度は45度の角度で押さえなければなりませんから、又筆の方向が変わります。それを中国の人はスーと書く。そこでもう付いて行けない。

 楷書を発明した欧陽旬という人の書は幾ら習っても穂先の位置が判らないのだそうで、それが基本という訳ですから、奥が深いなどというレベルでは無いのです。いまだに”判らない”のです。(笑)

 判らないけど中国人は当たり前にヤル。・・そんなモンだって(笑)

 で、一から始まって、話は紙や硯、墨の話に及んだら、幾晩話しても話は尽きないのです。書家の爺さんは「和尚、遊びにおいで・・」と誘ってくれるのですが、これ、大変危険な誘惑で(笑)帰って来れなくなる・・・

 オマケに骨董や書画を弄る人って、少しでも余計判って居る人が得をすると言う世界だから、油断もスキもならない(笑)知らないで欺されるのは自分が悪いって・・・

 ヤフオクなら殆どニセモノだから良いけど。

 寺へ遊びに来ませんか、というのは、そんな怖ろしい話を少しでもお裾分けしましょうか・・と言うこともあるのです。 

 

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