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(36) 芸は命がけ 桂枝雀という落語家が居ました。何とも大仰な芸風で好きな話ではありませんでしたが、これが米朝門下ですから、あそこは幅の広いこと、師匠というのはああでなければいけません。 その枝雀ですが、米朝門下でその師匠の芸風から前に抜けたかったのか、自分の芸を磨くのに相当苦しんだ様です。最後は英語の落語までやっていましたが、あるテレビ番組で200とも300ともある上方話を、オチに持って行く話の組み立ての違いで見事に分類して居るのを見ましたが、芸風からは想像も付かない勉強ぶりでした。 芸に悩み、とうとう舞台に立てなくなるまで自分を追い込み、最後には自ら命を絶ってしまいました。 坊主にもこれの何分の一かの熱心さがあれば、お布施も値打ちがあると言うものですが・・・ テレビでは芸人の舞台は20分。それ以上同じ画面を写しているとチャンネルを変えられる。(泣)ウケ狙いのコメンテーターは3分以内に勝負を決めてしまわないと使って呉れません。 芸の質が変わってしまいました。というより、テレビに”芸”はありません。説得が仕事の政治家ですら”感動した!”で済む時代です。(笑) 好きな志ん朝、正蔵の噺を、繰り返し聞いて飽きない和尚ですが、割舌さえ満足に出来ていない読経や説教で、3分で片を付ける話術芸人に馴れた聴衆を納得させるのは・・・もう無理かも知れないと、絶望的な気にもなります。 まあ、坊主は枝雀みたいに思い詰めたり、自らを恥ずかしいと思ったりしない人種ですから、命に別状はございませんが(笑)
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