生前葬を急げ!
「死んで花実が咲くのものか」と言う言葉がありますが、その通り、後生を願うのも良いのですが、やはり、今このままの姿でお浄土を観たいものです。
俗世間(娑婆)や色々なしがらみからは、なかなか抜け出せるものではありませんが、人生のある時期、ある時、今までの暮らしに一区切り付けて、もう一人の自分、もう一つの人生にチャレンジするのは如何でしょう。今流行のリストラなどは、逆に有り難いご縁を頂いたと受け止めるべきです。
例えば、定年退職された場合、今まで組織内の人間として縦横に活躍していたがさて、家庭に帰って何をすれば良いのか・・・今までは夢中になって与えられた課題をこなしてきたが、これからは全てが自分の時間。どう使おうか・・・
人生の目標と課題は生きるための力です。明るく活力ある暮らしを何時までもしっかりと続けたいものですね。そのためには、まず自分を見つめ直す為に、仏教に知恵を学ぶことは、最善の選択といえます。
ここで新しい生活を始めるのです。
また、縁起でもない話と言われそうですが、もし貴方に何年か後に不幸が訪れたとすると、貴方のお友達、同僚、後輩に訃報はうまく届きますか?その時には、肝心のお友達も同じように歳を取りすぎているか、同じように過去の人になってしまっているのではありませんか?
仕事の上でお世話になった多くの方々に、多くの後輩達に、人生の節目のご挨拶をするのは如何でしょう。人生には思い切りと折り目節目が大切です。多くの方々の前で宣言をする事により、皆さんの祝福を受ける事により大きな励みとなるのは結婚式と同じで、人生の出発式と言うわけです。
まだまだ繋がりと連絡のあるうちに、適当な日を選び、会場や演出を考え、招待者を選び、楽しい出発のパーティーです。今までのご恩にお礼を申し上げ、この日から世俗の生活に一区切りを付けます・・と出発のご挨拶です。
実際に亡くなられた時のお葬式は、親族近親の範囲だけで執り行なうほうが、形式や義理、しきたりに振り回される事も、大勢のお手伝い等を煩わす事もなく、本当の悲しみを、しめやかな中に、親族だけで静かに分かち合う事ができます。お葬式は残された者が諦めを付けるための儀式です。本当の最後を、こういう形で送られるのも良いとは思いませんか?
|